あまりかぜです。
今年の冬はあまりに寒いのと、年末に体調を崩したため全然自転車に乗れてません。
最近読んだ本に『神戸~尼崎 海辺の歴史』というのがありまして、そう言えば西国街道ってちゃんと通ったことないな、と思い実際に訪ねてみました。
西国街道とは江戸時代に整備され、中世までの名称は山陽道。京から文字通り西国へ伸びていた幹線道です。芦屋から東灘辺りまでは今の国道2号が西国街道だった模様。
2号から離れるのが茶屋之町北交差点付近。芦屋民にはおなじみの自転車店、『リンリン』があるとこですね。
そこから南東方向に不自然に斜めってる小路、これが旧西国街道です。ここからスタート。
途中には西国橋とかありますし、道が微妙に左右に曲がっているのがいかにもです。
一旦、鳴尾御影線と合流しますがすぐまた斜めの道に入ります。
途中の地蔵に道標があります。
『右西宮 左中山』
斜めの道は弓場公園付近まで続きますが、この先は阪神本線となり、行き止まり。
線路の南側を進むと香櫨園駅。
さらに東へ進むと、国道43号と合流。
西宮神社にたどり着きます。
南門
正門
十日戎の福男選びで有名な場所です。
戎神社や廣田神社を中心に西宮宿として栄えました。
正門からは道が東へ伸びています。旧国道=中国街道です。街道は参道も兼ねていたんでしょう。
しばらく東進すると、正念寺がある用海筋と交差します。旧国道はこのまま東進し、大阪へ向かいますが、西国街道は左折し北へ向かいます。
先の本や↓のサイトによれば、このあたりは時代によってにルートが違うらしい。
いずれにしても与古道公園付近から北に向かったと思われます。
公園の道標
東川に沿って進む街道は、国道2号を渡って、東川親水南公園あたりで北上。
阪急の高架もくぐって進むと国道171号と交差します。
この先は市民グラウンドですが、西国街道はここを突っ切っていたようです。
東川から御手洗川と名前を変えた川沿いを行くと、ここからは案内板があります。一部のマップアプリにも『旧西国街道』と記載がありますね。
途中の解説
171号に並行して北東へ伸びる西国街道は門戸厄神駅を通過し、山陽新幹線の高架付近でクランク状に折れて、再び北東へ向かいます。
報徳学園の正門前を西へ。
この先県道を渡ると武庫川です。
武庫川には『髭の渡し跡』の看板があります。
松林は当時からあったのでしょう。
「髭の渡し」の看板は尼崎側にもあります。
こちらはりっぱな造りです。